プロリーグ経験者のゲームブログ

パワプロ・プロリーグ代表経験者のtellによるブログ

種田 仁(2005年・横浜)

種田 仁(たねだ ひとし・1971年7月18日生まれ・大阪府八尾市出身) 

上宮高校~中日(1989年ドラフト6位・1990年~2001年途中)~横浜(2001年途中~2007年)~西武(2008年)~【コーチ】サムスン(2010年)~楽天(2011年)

 

【タイトル・表彰・記録】

カムバック賞 1回(2000年)、セ・リーグ会長特別表彰(2000年、代打11打席連続出塁、日本記録)、オールスター出場 3回(1993年、2004年、2005年)

 

『日本で最も有名な打撃フォーム』

1989年のドラフト会議の6巡目で中日から指名を受け入団した内野手。ドラフト指名を受け、専修大学の進学・内定を辞退して中日に入団した。

高校時代は元木大介と同学年のチームメイトだった。2年生時の春の選抜甲子園大会では真中満がいた宇都宮学園と対戦している(結果は敗戦)。3年生時も春の選抜甲子園大会に出場して準優勝。3年生時の国体で優勝している。

 

中日時代は準レギュラークラスとして試合にはそこそこ出ていたが、立浪和義鳥越裕介久慈照嘉福留孝介ら同ポジションに強力なライバルが多数在籍・入団し、完全にレギュラーを奪うまでには至らなかった。

 2000年、自身の打撃の悪癖を治す為に『ガニマタ打法』を自ら開発し、今でも語り継がれる唯一無二の打撃フォームで勝負する事を決意。その甲斐あって、代打11打席連続出塁という日本記録を打ち立て、セ・リーグ特別表彰を受けた。翌2001年の開幕直後にトレードで横浜へ移籍。

 

横浜移籍後はレギュラー格の選手として活躍。2002年には9年ぶり規定打席到達、2004年には自身初の規定打席到達した上での打率3割を記録。

 2005年、自己最多の145試合出場で打率.310 9本 61打点の好成績で横浜のAクラス入りに貢献。オフの契約更改では念願の1億円超えとなった。

 

しかし2005年をピークに、ここからは下降線となってしまい、2007年オフに戦力外となり西武が獲得に乗り出して移籍。だが西武でも1軍出場は無く2008年限りで引退となった。

 

引退後は野球解説を経て韓国・サムスンの打撃コーチと楽天の2軍内野守備走塁コーチを務めた。

 

今回再現したのはキャリアハイの2005年です。

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【画像データ】

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【査定について】

プルヒッター→左8本 中0本 右1本

固め打ち→猛打賞15回

併殺→16個

人気者→ガニマタ打法はあまりにも有名だし、僕が子供の頃は皆真似してた。